診療は「マイナス思考」で

いつも診療している時に、わたしは「マイナス思考」が大事だと思っています。
つまり、なるべく悪く悪く考えるということです。
このことに関しては、以前経験したある患者さんのことがあります。

いまから10年以上前のことですが、当医院に1時間くらいかけて通院されている患者さんがおられたのですが、朝診療開始と同時に電話があり「左下の親知らずが痛いので、診て欲しい。」ということでした。昼過ぎに来院され診てみると、左下には親知らずはありませんし、左下にも左上にも痛みの原因となる歯はありません。症状をよく聞いてみて、わたしが思ったのは、ひょっとして急性心筋梗塞の関連痛ではないかということでした。とするなら早くしないといけないので、すぐ池尻の東邦大学医学部付属病院で診てもらったところ、やはり急性心筋梗塞とのことで、即入院、緊急手術になりました。

この患者さんは今は元気になられて、時々歯石を取りに来られますが、あのとき軽く考えて痛み止めだけだして、様子を見ましょうなんて言っていたらと思うとぞっとします。このこともあって、自分で診断できない場合は大学病院に紹介するようにしています。

ところで、最近女優の池波志乃さんが慢性下顎骨骨髄炎だったということを知りました。これは怖い病気で、難治性になると、抗菌薬などの投薬処置だけではなかなか完治せず、場合によっては骨除去、骨再建手術をしなくてはいけなくなります。

原因は抜歯しなければならない歯の放置にあります。神経が壊死してしまった虫歯や、神経を取った歯の根にできた病巣、歯根破折した歯、中途半端に生えた親知らずなどの繰り返しの炎症にたいして、その都度抗菌薬が投与され一時的に症状が抑えられるといった経過をたどって悪くなっていきます。患者さん本人もたかだか虫歯くらいでという意識があるので、発見が遅れがちになります。
わたしもこういう患者さんがいれば、放置することのリスクの一つとして慢性骨下顎骨骨髄炎の説明をするようにしています。なるべく悪く悪く考えるマイナス思考です。ちなみに慢性下顎骨骨髄炎の分かりやすい症状としては悪い方の側にしびれ(特に下唇)が出てきます。

患者さんにしてみれば、なるべく歯を抜きたくないので、とりあえず薬で抑えるという気持ちも分からないではありませんが、原因となっている歯の放置はよくありません。全身の病気に対してもそうですが、なるべく悪く考えて結果よければ、これにこしたことはないと思います。大山鳴動して鼠一匹のほうがいいでしょう。