私の古典

8月も半ば過ぎて夏期休暇も今日(16日)で終わり、いよいよ明日(17日)から診療を再開致します。

このところ二つの台風に翻弄されました。
特に台風7号は帰省先から戻る足を直撃し、大変な思いをされた方もいらっしゃるのではないかと思います。
私もJR東海などの新幹線を使うので、毎日台風の情報をチェックしていました。
私の場合、14日の帰りのチケットを前倒しして13日にして貰い、早めに東京に帰ってきたので問題はありませんでした。
実家のお墓参りも無事済ませました。

お墓参りでは、帰りのバスの時間があったので、本を読みながら待っていると、セミがないて、時折風も渡ってきて、のんびりした時間が過ぎて行きました。
忙しい都会とは流れている時間が違うように感じました。

まるではっぴいえんどの「夏なんです」の世界でした。

はっぴいえんどの「風街ろまん」は好きなアルバムでいつでも聴けるように身近に置いています。

この他にも身近に置いているアルバムはいくつかあります。
例えば、ユーミンだったら「パールピアス」だったり、ポールマッカートニーだったら「ラム」とか、キャロルキングなら「つづれおり」とかです。

CDやレコードはたくさん持っているのですが、上記のアルバムなどはわたしの中では、古典といってもよいものです。

古典の定義はいくつもあるのでしょうが、私の中ではやはり50年経っても手に入れることができるものということがあります。
小説でも50年生き残って人に読まれるかだと思っています。
そうでないものはいつの間にか淘汰されて消えて行きます。
例えば私は直木賞に名前が残っている直木三十五の小説を読んだことがありません。
彼の生きてた時代には売れっ子だったのでしょうが、いま町の本屋で手に入れることはできません。

かたや芥川賞に名を残す芥川竜之介の小説は作品が少ないこともありますが、ほぼ町の本屋で全て文庫で手に入れることができます。
出版社としては文庫本はとても大事な収入源です。
売れないものは出版できません。
したがってどんなに時代が過ぎても本当に良い作品は売れるし、残るのです。

「風街ろまん」も発売当時は売れなかったようですが、長い時間をかけてずっと売れ続けてきました。
やはり古典なんだと思います。